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ツイッターと学習について

まだsnsをやり始めたばかりなので、違っているかもしれませんが、ツイッターはオープンに好きなことがかけていろいろな人からフィードバックをもらえる可能性がありそうなので面白そう。フェイスブックはやっていないのでなんとも言えませんがクローズドなメディアかつ表層的なツールに感じる

snsについて

まだsnsをやり始めたばかりなので、違っているかもしれませんが、ツイッターはオープンに好きなことがかけていろいろな人からフィードバックをもらえる可能性がありそうなので面白そう。フェイスブックはやっていないのでなんとも言えませんがクローズドなメディアかつ表層的なツールに感じる

会社で働くとは

人1人生きていくためにはお金はそんなに必要ない。足りないと思うのは、そう思わされているだけでしょ。ですから1人で生きるぶんだけ稼げばいいのだから、人間性を無くしてまで必要以上に仕事に捧げる必要はないと思う。

会社で働くことは自分の食い扶持を稼ぐというよりは、会社を繁栄、みんなの食い扶持を稼ぐ必要があるので、大変になって当然だと思う。つまり会社で働くということはパッケージ化された労働ということもできる。人によっては自分のライフスタイルに合致するかもしれないが中には合わない人もいる。会社の都合や他人の都合が強制的に上乗せされた状態で「提供」されるのだ。

会社で働くことをパッケージ化された労働と書いたが、反対に労働のバラ売りはないだろうか。インターネットの発達によりクラウドソーシングが台頭しているのを知り、ピンときた。わたしもその可能性について考えていきたい。

日本人の労働観について

私は大学を卒業してから10年余り、サラリーマンとして働いてきた。私のいた環境がとりわけ良くなかったということもあるだろうが、所謂搾取型労働だったと思う。正社員雇用は優遇されていたが人1人生きていくために必要なお金はそれほど多くない。

そのために払った代償は大きすぎる。

私が会社員として過ごしてきた10年余り、自由は無かった。家に帰れないこともよくあったし、まして旅行になどほとんど行けない。この世界には素晴らしいものがたくさんあるとわかっていながら、それに触れることができず、只々、狭い会社という社会に押し込まれている人生にはうんざりしていた。安定を引き換えに自由を失う代償はあまりにも大きい。しかもその安定も先行きますます怪しい。もっと自由に生きたほうがいいと思う。日本人は横並び主義というか、みんな同じでないといけないといった教育を受けてきているので、新しいことに対する風当たりは厳しいだろう。日本人は他人の幸せに不寛容というか、足の引っ張り合い精神というか、みんなで一緒に幸せになれなければ、みんな一緒に不幸になったほうがいいといった発想があるように感じる。こう思うのは私だけでしょうか。

 

初めての北海道です。

札幌から小樽に行く道中(函館本線)手稲から先は海岸沿い、というより波打ち際を電車が走ります。私の地元の江ノ電よりも海が近い!いい景色です。しかも水が澄んでいて綺麗。