すっきりしたい。

私はミニマリストまでいかないが、なるべくもの、コトを増やさず暮らしたいと思っている人間です。長らく在庫商売をしていたので、在庫が膨れ上がる恐ろしさは少しはわかっているつもりです。家の場合は目に見えるコストはかからないが、見に見えない心的コストは確実にかかっている。掃除をするのも時間がかかるし、モノを整理するのも時間がかかる。きっかけはやはり引越しだろう。私は仕事で引越しを何度もした。その度に自分の荷物の多さに辟易したものだ。だから引越しのたびに荷物を減らしてきた。特に私は整理整頓は得意ではないのでものを減らすことでカバーしているのです。

人類は何語を話しているのか。

英語の過去形はテンスの過去というだけでなく距離を取るという表現であることは知られているが、実は日本語の過去形も似たようなことが言える。

「あの人はいい人だったね。」というのは、過去のことを指すというよりは、これは故人を指している表現として考えるのが普通だろう。生と死、これも一つの距離。また同じ文で、前はいい人だったけど変節して、すっかり変わってしまったという意味にも取れる。

人はみな同じ言葉を話しているという見地もあるくらいだから、末節は異なるように見えて、根幹は同じものを共有しているのかもしれない。

記憶

記憶定着の良い学習法は再読であると思う。

基本勉強は新しいことを頭に入れる作業であるが、人によってやり方は異なる。ひたすら書きまくるという人も多い。声に出すという人も。

私は忘れそうになるタイミングで復習再読を、かける様にしている。それも何回も。人は何度も出会う人の名前はいつの間にか覚えているように、何度も見る情報は定着するようにできていると思う。そして、何よりも長時間かけてやった勉強も忘れてしまっては、その時間が無駄になる。だから忘れそうなタイミングで再読をかけるのだ。忘却曲線を参考に。

情報時代において

すぐに陳腐化する情報はいらない。必要なのは思考力。
特にこれからは調べればわかることの価値はどんどん下がる。生き字引の様な人はAIに置き換わってしまう。
私は記憶力が本当に酷い(住所言えない)ので、学生時代も国語は良かったけど、英語と歴史は本当にひどかった。
大人になってからだが、暗記に頼る勉強法は、捨て、全てに論理を求めたのです。思えば昔から、とにかく覚えなさいというのが嫌で仕方ありませんでした。何故そうなるのかをいちいち考えていったのです。そういう勉強法が私には合っていた様です。それ以後はそれなりに結果を残しています。

好きなことで飯が食えるか。

私は今は割と自分のやりたいことに近い分野で飯を食っていますが、ここまでたどり着くまで、10年かかりました。特にやりたくもない仕事で心身をすり減らしながら、準備をして波を待ったのです。
また好きなことイコール仕事になるとは限りません。仕事というのはいくら好きでもその先にユーザーなりお客さんがいなくては、つまりお金を払って自分の作る商品なりコンテンツを買ってくれる人がいなくては仕事になりません。お客さんは能力がある人からしか商品を買いません。だから、好きなことを仕事にということはそれだけでは片手落ちなのです。なによりそれが上手にできるかどうか。それが伴わないと仕事としては成立しないのだと思います。
好き、は内面の話。できる、は外面の話。(顧客はその人の内面は知らないおよび、興味はないことが多いです)つまり良質なアウトプットが恒常的に産出できるかどうか、そして、それを顧客が買ってくれるかどうかが、飯が食えるか食えないかの境界線なのだと思うのです。

KYです。

空気ってどうやって読んだらいいの。いまだによくわからない。私は初対面では口数が少ないと言われるが、別に話したいことがないわけではなくて、また失礼なこと言ってしまうんではないかと恐れて話さずにいるんです。人の感情の機微が分からずいつも苦労しています。

恋愛について

恋愛は一途にしない方がいいと思う。特定の人が見つかるまでは。

世の中人はたくさんいるが、そう簡単に合う人が見つかるわけがない。友達レベルならまだしもそれ以上の関係は難しい。わたしは割と一人の人に集中しがちだが、集中するあまりうまくいかないことが多い。女性の心理として、余裕のない男は選ばれにくいということだろう。既婚の男がモテるのもそんなところに理由がありそうだ。

だから、あまり一人の人に集中しすぎない方がいい。わたしにはこの人しかいないというのは錯覚である可能性が高い。できたら、そういう人は複数持っておいて、どの人が自分に合っているのかを見極める時間が必要だ。そしてこれはかなり時間がかかることだ。特定の人しか見ていないと、他の選択肢はないわけだから、合わないところは目を瞑るか、そもそも無かったことにしてしまう。認めたくはないからだ。脳は都合のいい様に解釈する傾向があるから、後々綻びが出た時に、こんなはずではと思ったりする。これが幻滅の正体だと思う。勿論、そこも含めて受け入れるのが愛情なのだろうが、それが双方に成立しないと関係が成り立たない。相手のことは自分ではコントロールできないので、ある程度時間に身を任せ、機が熟すのを見守る。これが恋愛における身の処し方なのだろう。恋は盲目になってはならない。