秋刀魚の季節

昔はマグロのトロは下等な部位と言われ、ゴミにしていたそうです。確かヨーロッパの方は今でもトロは特別扱いされていなくて、赤身と値段が変わらないと聞いたことがある。確かに肉で言えば脂身ですからね。

今の時代はこってりとか、コクだとか割と油系統の味が高級と言われているけど

昔はさっぱりしたものが上等、脂っこいものは今ほど高い位置になかったそうです。

落語の噺で有名な目黒のさんま。これは殿様がさんまを食べる話だけど、脂っこい、というか、脂の乗ったさんまは下魚と言われ、殿様が脂にあたったら大変ということで皮を剥いで、骨を抜き、蒸して、美味しくもなんともないさんま料理の出来上がりというわけです。

現代人にとっては脂の乗ったさんまはご馳走の一つですが、時代や所変われば人々のありがたがるものは変わるのですね。余談ですが、オーストラリア在住の知り合いに聞いたのですが、向こうは鶏胸肉がもも肉もり高いそうです。

人生の最後について。

アフリカの葬式をテレビで見たことがある。日本とは違い盛大に賑やかに行われる。

人が亡くなったのに不謹慎だなと昔は感じていたけど、それは文化が違うだけで故人に対する最後の別れを心を込めて行うといった点は同じ。

むしろ大往生だった場合は、よくぞここまで立派に生きた!という点で祝福ムードになってもおかしくはない。私はアフリカ人の死生観や宗教観は知らないが故人を愛した人々が最後は盛大に送り出すというのは大いに賛同できる。

一般的に葬式は正装をして行うのだが、これはどうなのかと少し疑問を感じている。最後の別れなのだから、できるだけ自然な感じで、送り出してあげたいと思うのだ。だから平服、自分の一番気に入っている服を着て、別れをしてもいいのではと思う。この点ではアフリカの価値観と比較的近いのかもしれない。ここからは私の個人的な死生観なのだが、生と死は表裏一体であると思う。例えば子供が生まれてくるときに正装している人はいないだろう。

故人に自分たちの最後の別れの場面ではできるだけ普段と変わらない態度で臨みたい。

苦言になってしまいました。

アップルの発表会は結局、何が言いたいの?という内容が多かったと思う。

結局はプレゼンはライブパフォーマンスだから良いのであって、あのプレゼンではプレスリリースでも別に良かったのではと思えてしまう。

結局、これが今回の目玉なんだ!というプレゼンに核がない。見ているとあれやこれや、色々並べ立てていっているけど、何が核だかわからない。しかも他社の後追い技術なわけで。

鳴り物入りで新しい技術と言ってはいるが既存の技術を水増ししたようにしか見えない。「high」Sierraとか「super 」retinaとか。結局は技術屋さんの満足に過ぎないと感じてしまう。

プレゼンのスクリーンの内容も項目が多過ぎ。あの短時間で20項目も読めません。しかも一般向けの発表会で、専門用語でプレゼンを固めてはなりません。

そんな基本的なこともジョブスがいなくなったらできなくなってしまうのでしょうか。

私はジョブスが復帰する前からアップル製品を使い続けています。そしてこれからも使い続けたいので、もっと物事の本質を掴み、それを伝えられる優れたコミュニケーターに指揮をとってもらいたいものです。

色々言いましたが、商品的にはいいものができたと思いますよ。あとは伝え方、使い方。

大切なのは技術の先ですよ。

新型iPhone出ましたね。

iPhone X出ましたが、物理ホームボタンをなくしたそうです。あれは一つの発明なんだと思います。とにかく困ったらこのボタンを押せばいいという、全てをそこに帰結させる優れたインターフェースだと思うんだが、なんかこれからジェスチャがどんどん増えていきややこしくなりそうです。なんか新しいものはないし、既存の技術を水増ししているだけにどうしても思えるのです。

アップルのプレゼンにおいて一番失われたと思うことが、
物事を極限まで削ぎ落とし、単純明快に伝えるということ。
これはジョブズのスタイルだったと思うし、禅の考え方なんだと思う。
結局大切なのは技術じゃ無いんです。むしろそれを使ってどう世界を変えるかなのです。技術はバックテクノロジーに過ぎません。世の中の大半の人はテクノギークではなく、普通の人なのです。その普通の暮らしを一変させる。これがアップルの強みではなかったか。

最近文字化けという現象を見なくなった。

ガラケーには日本の旧漢字も入っている。人名や地名に用途があるのだろうか。私は知らなかったのだが、その旧漢字と台湾の繁体字が互換性があるようなのだ。つまり相互に文字化けしないということだ。日本の携帯にわざわざ繁体字を搭載したとは考えにくいので、互換性があるということだろう。昔は文字化けしていたので、地味なところでアップデートされているのだろう。

スマホが便利だなと思う理由。

私が学生だった頃はまだスマホがなく、今のLINE のように気軽なコミュニケーションができるようになるとは思わなかった。当時はガラケーでメールや簡易的なインターネットをしていた。

私がスマホが便利だなと思う点は、各種言語の文字がプリセットされていることだ。あの当時のケータイでは日本漢字とかな文字、と英字だけだった。

英語圏でないところの友達とやり取りをするとき、英語しか使えなく非常に不便だった。漢字も日本と中国、台湾香港ではスタイルが異なっているので文字化けしてしまっていた。

それがスマホだと大抵の言語のキーボードは搭載されているので、文字化けすることなく、円滑にコミュニケーションが取れる。これは私にとって画期的だった。

ずっと疎遠だった海外の友達とやり取りが復活したのもスマホの普及が一役かった。

今日は鎌倉に来ています。

海が見たくなり、ちょうど休みだったので来ました。日帰りでもよかったのですが、泊まりです。朝の海をみてみたかったんです。

なんか最近、頭を使う作業ばかりしていて体を使ってないなーと思っていて、直感的に体が自然を欲したのです。

散々頭を酷使して考えることに限界を感じていて、動物的勘も研ぎ澄ませる必要性を感じたのです。どうすればいいかよくわかりませんでしたが、とにかく自然の中に身を置いてみることだと直観して、来てみたのです。

雑念まみれになっている頭をリセットしよう。

考えることを一度停止することで、リフレッシュするのではと感じています。