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学習とは

仕事も勉強も何事も楽しんでやることです。何事も慣れというものがあるので、ある程度の継続も必要だとは思いますが、どうしても楽しんでやれないことなら、はっきり言って辞めるべきだと思います。そのための準備はしっかりとしてからということは言うまでもないですが。

興味がないことを嫌々やるのは学習効率から言っても良くないし、私は耐えられなかったのです。
学習意欲を一番刺激するのが興味である。興味とは人それぞれ千差万別違うものなので、教育者は学習者が何に興味を持つかと言ったことに焦点を当てるべき。画一的な教育というのは無駄が多いと思うし、この点で学校教育というものの限界なのだと思います。興味があったら自分で調べるでしょう。自分で調べて、それでもわからなければ自発的に聞くでしょうし。いろいろな学問への道を提示すると言った点では現在の教育に対しては否定はしませんが、その後何を興味を持つかまでは教育の範疇ではないと感じています。自分で好きなようにやるから。

これからの販売員はどうすればいいの

長いこと販売職で働いてきて、思うところがあったので書きます。販売職は多分先祖返りすると思います。それは現在のセルフ販売から対面販売へ戻る。大量生産大量生産を背景にして大量消費が必要となり、デパートやスーパーができた。これらはいかに大量の商品を捌くかといったことに特化したシステムだ。しかし社会が成熟しものを必要としない社会においては、そぐわない。これからは販売員を介していかにその商品によりライフスタイルがより良いものになるかを提案するような提案型販売、もっというならコミュニケーター的な役割を担うだろう。新興国ならまだしももの余りであるこれからの日本で販売をやろうと思ったらこの方向に進んでいくしかないと思う。生体情報を駆使する広告による販売促進はこの限りではないが。

高付加価値の仕事を

業種にもよるが必ずしも会社に属して仕事をすること一択ではなくなっていく。特にアイデアレイヤーの仕事は集団でやればいい仕事ができるというわけじゃないから、力を持つ個に主導権が移っていくと思う。一方労働集約的なサービス業などは単価が下がったり、外国人労働者に取って代わられるだろう。

 だから、我々日本人は、どのような仕事につくにしてもいかに付加価値を生み出す仕事ができるか、もっとわかりやすくいうなら面白い仕事ができるようにならないと、価格競争の波にのまれて仕事を失いかねない。しかもグローバルな価格競争は熾烈ですよ。仕事を失わないまでも単価下落には免れないだろう

 

右肩下がりの社会

日本はこれから人口が激減する。だから景気も悪くなって当然。誰が悪いとかじゃ無い。そういう局面なんです。社会が成熟するということはそういうことです。だから社会のあり方そのものも変えていかなくてはならないのだけど、相変わらず成長主義というか、拡大志向なんです。日本の会社。私も何度前年に対し何ポイントとか言われたことか。でも経営者からすれば、市場縮小してるから売り上げ下がっても仕方ないとはいえないだろう。立場上。

物を作り売った奴が偉いという資本主義が限界にきていることは確かだろう。もう物は必要ないということがバレてますから。

snsについて

性格的にゆるい繋がりが丁度いいんです。フェイスブックでいいね!を求めるような中途半端な繋がりではなく、本気で繋がりたい人はリアルで会うことにしている。あと本当に大切な友達はあまり多くなくて良いし、友情が育まれるまで時間がかかる。ゆるい繋がりの関係はたくさんあっていいと思う。

日本人の労働観について

日本の会社は契約を結ぶ時に職務の範囲を定めないんだよね。それが残業が減らない原因なんだと思う。幹部候補として採用するでしょ。ポストの数からしてそんなこと有り得なんだけど。幹部「候補」として職務の範囲を定めないということは、どんな無茶振りにも対応しますと言っていることと同じ。

料理とは

料理とは何かを考えた。
調理法(焼く、煮るなど)✖️食材の選択なんだな。最近簡単レシピ動画をよく見るが、行き着くところそういうことに尽きるんだよな。そう考えると少し自炊に対するハードルが下がる。うまそうなものはなんでも組み合わせて作る。
上手い人は組み合わせ方が絶妙なんだよなぁ。